2019年末の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)発症から過去最多の感染者数となった第5波。2021年9月30日をもって全都道府県の緊急事態宣言は解除されました。連日、メディアでは緊迫した医療現場が報道され、現場で働く看護師も危機的状況を身を持って感じていました。現在、新型コロナウイルスの新規感染者数は減少し続けています。コロナウイルスワクチン接種が大幅に進み、このまま収束することが期待されます。街中や観光地の人通りが増え、久しぶりに安心した生活が送れている人も多いのではないでしょうか。
しかし「新型コロナウイルス第6波の到来は避けられない」という有識者の声が聞かれます。10月20日に開かれた厚生労働省の専門家会合で脇田隆字座長は「しばらくは減少局面が続くだろうと予測される。しかしコロナウイルスは呼吸器感染症なので季節性があると考えられ、社会活動が活発になれば感染者数は増加すると考えられる。」と指摘されました。昨年懸念された、インフルエンザウイルスとコロナウイルスの同時感染拡大には今年度も注意が必要です。またコロナウイルスワクチン接種の先行したイスラエルやイギリスでは一時抑えられていた感染者が増加しているとの発表があります。
参照:イギリスで感染再拡大 日本の専門家“第6波に備えた対策を|NHK首都圏ナビ
この冬予測される新型コロナウイルス第6波に備え、看護師は再び気を引き締めて対応することが必要になりそうです。新型コロナウイルス発生前とは大きく変わった看護の現場。復職を考えている方やこれから看護師になる方に向けて、看護師が第5波までをどう乗り切ってきたのか振り返ります。そして、コロナ禍で生まれた新しい看護師の役割や働き方をご紹介します。
目次
コロナで看護師を取り巻く環境、何が変わったの?
新型コロナウイルス発生以来、ソーシャルディスタンスやマスクの着用、手洗いなどの感染予防を取り入れた生活にする「新しい生活様式」が推奨され、人びとの意識は大きく変わりました。看護師はコロナ以前からスタンダード・プリコーション(標準予防策)を学んでおり、感染症の有無にかかわらず感染予防対策は十分に行っていましたが、この度の新型コロナウイルス感染拡大で院内の感染予防策がさらに徹底されました。また、一時は世界的な感染拡大によりPPE(個人防護具)不足の中、十分な感染予防を行う必要がありました。
コロナ以前には考えられなかった状況に適宜、職場環境や働き方を変えなくてはならないことが生じました。新型コロナウイルスの影響で変化した看護の実際を大きく4つに分けピックアップしました。
- 感染予防対策
- 職場環境
- 精神的負担
- 給与
こちらの4つを解説します。
新型コロナウイルスで変わった感染予防対策
もともとスタンダード・プリコーションの考えが浸透している看護師ですが、新型コロナウイルス発生により感染予防への意識はさら高まりました。実際にどんなことが変わったのでしょうか。
個人の対策
・手洗い回数の増加
・手指消毒回数の増加
・マスク着用の徹底
・体調チェックを行うようになった
・うがいの回数の増加
・シールドの装着
勤務時間以外でも「外出頻度を減らす」「睡眠時間の改善」「健康に気づかうようになった」など看護師個人での新型コロナウイルスへの感染予防意識が高まりました。
医療機関での対策
看護師の勤務先である様々な医療機関でも感染予防対策はこの2年間で変化しました。「新型コロナウイルスのマニュアル、フローの整備」が行われ「職員の体温測定・健康管理チェックリストの運用」や「手指消毒剤使用量の観察・評価」が定着しました。コロナ患者を受け入れる病院では「外来、病棟でのゾーニング(区分分け)」「陰圧テント、陰圧病棟・病床の設営」が行われました。
患者やその家族に対して、外来窓口では受付時に「問診票の記入と体温測定」を実施。多くの施設で「面会、外出・外泊の制限と禁止」が行われています。
感染予防の基本は大きく変わりませんが、看護師一人ひとりの意識が変わり、医療機関の感染予防対策のシステムは大きく変わったと言えるでしょう。
看護師の働く環境の変化
新型コロナウイルスは飛沫感染、接触感染により感染し、密閉空間では空気感染もありうると言われています。ウイルスの感染力の高さ、生命力の高さが感染者の隔離や消毒の徹底が行われた理由です。新型コロナウイルス感染者の受け入れを行う病院では、感染者やその疑いのある患者を隔離するための専門の病棟をつくりました。
外来においては、発熱者を隔離するスペースとその看護にあたる看護師の配備が必要になりました。そのため「従来の病棟を閉鎖し感染病棟に看護師を配置」「感染対応するための看護師をその他病棟や外来から再配置」されました。コロナ対策に新たな空間が整備され、そこに配置される人員が必要となるため通常の業務が手薄になることがあり得ます。看護師自身や家族の新型コロナウイルス感染・濃厚接触により「出勤停止の措置で看護師不足」となる問題も生じました。
「コロナ対策の新たな業務の増加」も大きな変化と言えます。感染者の増加に伴い「コロナ関連の問い合わせの増加」「患者・家族の不安への対応」が課題となりました。院内感染予防の観点から、新型コロナウイルス関連の「感染性廃棄物の扱いやシーツ・病衣などのリネンの扱い」「1日数回の環境消毒」なども新たに加わった業務です。
新型コロナウイルスによる看護師の精神的苦痛
もともと看護師の仕事は対人サービスであることに加えて、命に関わる医療の提供を行うとてもストレスレベルの高い仕事です。夜勤のある24時間の交代勤務制は、生活リズムが乱れてメンタルヘルスに影響を及ぼしやすいと言えます。新型コロナウイルス発生により、新たな精神的な負担が生じました。
未知の感染症への不安・恐怖
- 新型コロナウイルスの情報の不確実さ
- 治療の未確立
- 個人防護具の不足による感染の不安
- 設備の不十分さ
- 新型コロナウイルスワクチンの供給不足、副反応への不安
不安・恐怖から生じる差別や偏見
- コロナウイルスという未知のウイルスに接触したくない
- 感染することへの強い恐怖
- コロナウイルスと接触する医療者を対象にする偏見
ひとは「わからないもの」への不安・恐怖を持つ傾向にあります。「情報の不確かさ」「目に見えないウイルス」「未知のウイルスへ立ち向かうこと」「そのための準備が不十分であることなど」など第5波までに多くの人が、不確かな情報による不安を抱きました。
市中感染が増える中、世間での新型コロナウイルスへの不安・恐怖が強まると「コロナ患者を受け入れている病院に通院するのは怖い」「コロナ患者の治療に関わった看護師は嫌だ」「親が看護師の子供は保育園や学校を休むべき」といった差別や偏見の声も聞かれました。
看護師の多くは、人の役に立ちたいと使命を持って働いています。そんな看護師であっても看護師も家族を持つ一人の人間であり、今回の新型コロナウイルスの治療に関わることに不安や恐怖を感じます。そのためコロナ患者を受け入れる病院では退職者が増えたり、コロナ病棟への配属を拒否するケースもありました。
コロナ病棟看護師の体験談
2021年6月下旬頃から始まった第5波では、8月20日に過去最多となる25,851人の新規感染者を記録しました。重症患者の増加により、重症患者を受け入れる病院では医療者が命の選択を迫られることもあったと言います。患者の死を受け入れる暇もなく次から次へと重症患者の治療を行う現場の苦悩は想像に難くありません。
軽症・中等度の症状の患者を受け入れる医療機関でも、第5波では感染病棟の満床状態が続きました。新型コロナウイルス感染とは別の疾患が疑われる患者でも、発熱や肺炎の所見があり少しでもコロナ感染の疑いがある場合、コロナ病棟へ一度入院となります。PCR検査の陰性を確認した後に一般病棟へ転棟。部屋を掃除し、消毒、換気、新たな入院のために整えてすぐさま次の患者の入院。日に何度もその繰り返される入院と転棟に看護師は疲労困憊でした。
軽症・中等症の患者は先の見えない長引く入院生活・隔離生活に不安と苛立ちが募り、看護師に攻撃的な態度と言葉をぶつけてくることもあったと言います。応援や感謝の言葉もある一方で心ない言葉をかけられることもあり「精神的に追い詰められての発言」であることは十分に理解した上でも辛さを感じたと言います。
多くのコロナ患者を受け入れていると中には重症化する患者もいます。急ごしらえで集めたコロナ病棟の看護師にとって慣れない呼吸器の扱いや重症患者の看護は不安があったそうです。
救急外来、発熱外来、一般外来でのコロナ
新型コロナウイルス感染かどうか軽症や無症状の場合の判断が難しく、発熱の有無だけではコロナ感染かどうかのスクリーニングができません。一般の患者の大勢いる外来では、PPEを厳重に着用することができず、診断がつく前の不特定多数の患者と軽装備で接触することに外来看護師は葛藤しました。熱のない下痢症状の患者が一般外来で診察を受け、後に胸部CTで肺炎像が確認されてコロナ病棟へ入院することもあり、この患者の看護を行なった看護師は、しばらく自身の感染の不安を強く感じたそうです。
救急外来においては、感染者数の急激な増加のため発熱している患者の救急要請を受けることができなくなることもありました。受け入れ先の見つからない救急隊員の要請。その先に苦しむ患者がいるのに救急車を受け入れることのできない状況は本当に苦しいものでした。
コロナ対応で忙しさは増えても給料減
感染者の増加により病床が逼迫する中、国からの要請を受けて病院全体をコロナ対応病院としたところ、コロナ患者受け入れのために病棟をつくった病院があります。患者側は緊急事態宣言下では外出を控えており、まして病院に行くことを怖がって従来の診療を受けることを控える方もいました。そのため1日の診療件数が減り、一般の入院患者の減少が起こりました。コロナ患者受け入れに対して国から助成金は出ていましたが、従来の診療・入院・手術が減少したことで経営難となり、ボーナスカットされた病院も少なくないようです。東京女子医大の賞与なしの発表に看護師400人が退職の意向を示したニュースは看護師であれば記憶に残ったことでしょう。コロナ受け入れ病院の4割で2020年冬季賞与が減額したという調査結果もあります。
参照:新型コロナ第3波で再び病院経営は厳しい状況に、コロナ受入病院の4割で「冬季賞与の減額」―日病・全日病・医法協
非常事態のコロナ禍で生じた看護師の役割
新型コロナウイルス感染症対策は、これまでの医療体制から更なる感染症対策を必要とし、次々と明らかになる情報に手探りで対応していきました。コロナ感染病棟だけではなく、あらゆる看護の現場で業務の変化に対応し感染症対策が求められました。全ての医療従事者が一丸となり立ち向かった新型コロナウイルス感染症対策ではありますが、病院で働く私が今回の新型コロナウイルスで大きく変わったと感じた看護師の役割をお伝えします。
感染管理認定看護師の活躍
感染管理認定看護師は認定看護師コースの中でも難しい分野と言われており、疫学・微生物学・感染症学・消毒や滅菌・薬物療法の知識などをもとに医療機関の状況にあった感染管理システムの評価・構築を行います。
今回の新型コロナウイルス感染対策では、最前線で根拠に基づいた感染管理と職員の教育などを行い、それぞれの医療機関の新型コロナウイルスに対応した新たな感染管理システムを整えていきました。感染管理認定看護師の活躍があってこそ、第5波までの流行を乗り切ることができたと言えます。
患者家族への看護師の役割
新型コロナウイルスの流行により、患者家族は病棟での面会が禁じられました。患者自身も入院期間中の外泊・外出が禁じられ、コロナ感染病棟ではなくても病棟外への自由な出入りが難しくなりました。緊急入院では家族と十分に話ができないまま、患者も家族も不安を抱えたまま入院に至ることもあります。また、入院期間中の病態の変化を適宜伝えることができないこともあります。患者の病態の変化に悲しむ家族に寄り添う看護が難しく、亡くなった患者家族へのグリーフケアが十分に行えない現状がありました。
そんな中でも看護師は家族と患者の声を聞き、気持ちに寄り添うことを一層求められています。面会に上がれない家族のために病棟看護師は外来に出向いて家族の話を聞き、医師による病状説明時には同席し家族に寄り添いました。ただでさえ忙しい業務の中、病棟を離れて患者家族との時間を確保することは簡単ではないことです。しかし、患者に会えない家族にとって看護師や医療者からの情報が支えになるのです。
コロナ禍で復帰した潜在看護師
厚生労働省の調査では潜在看護師は71万人いると推測されています。日本看護協会では潜在看護師の復帰を呼びかけましたが、現在までに復職したのは17,000人程度とされています。今後、経済活動が活発になる中で第6波に備え確実に入院できる設備を整えるとともに、人材確保が課となっています。71万人とされる潜在看護師の中には、コロナによる人材不足を補うために復職したいと考える人もいるでしょう。しかしブランクがあるのにいきなりコロナ患者の看護にあたるのは勇気がでない人も多いのではないのでしょうか。
病院や診療所に復帰し、直接患者対応をする現場への復帰を果たした看護師もいましたが少数派でした。復帰を果たした看護師のうち多くが以下の業務から復帰を果たしています。
- ワクチン接種業務
- 軽症者宿泊施設
- 新型コロナウイルス感染症の電話相談
これまでに復帰を果たした潜在看護師が一番多く携わった業務は「ワクチン接種業務」です。ワクチンの接種が進んだ現在、国や都道府県の運営する大規模接種会場の新規受付が終了するなど、規模が縮小されています。
「軽症者宿泊施設」では看護師が24時間常駐し、毎日の健康観察と看護師による健康相談を行っています。症状の悪化を把握し、医師の受診へとつなげます。
「新型コロナウイルス感染症の電話相談」は一般的な新型コロナウイルに対する相談や受診を迷われている方への対応を行っています。これらの業務は今後、再び感染拡大した場合には需要が高まることが考えられます。
日本看護協会はこれらの業務を足掛かりに復職する看護師を増やしたいと考えており、看護師の人材確保のために日本看護協会や各都道府県が運営するナースセンターではワクチン接種の基礎知識・技術の習得のための研修や潜在看護師とコロナ関連業務のマッチングが行われています。
コロナ禍で復帰を考えている潜在看護師、看護師を目指す学生さんへ
出産後や子育てが落ち着いてからなど、復帰を考えていた潜在看護師の方やこれから看護師を目指していた看護学生にとって、新型コロナウイルスの発生による「医療現場の変化」と「未知のウイルス」に不安を抱いていることだと思います。特に看護学生は、新型コロナウイルスによって実技の演習や医療施設での実習が制限されました。オンラインでの授業や実習、学内実習に置き換えられ、看護師として実際に患者のケアを行うことに自信が持てない方もいるでしょう。看護師だけではなく、世界中の人々が新型コロナウイルスとの共存が求められる時代となりました。第5波までを乗り越えた今、医療機関の新型コロナウイルス感染予防対策や医療安全のシステム、コロナに対応した設備などが整ってきています。看護師自身、初めはPPE着脱方法から学ぶなど手探りでここまできましたが、これまでの経験は新型コロナウイルスの対応への自信につながっています。今後、第6波の到来が予測されていますが、危機的状況にもこれまでに比べて落ち着いた対応が取れるでしょう。潜在看護師や学生の方にも新型コロナウイルスを過剰に恐れずに看護師を目指して欲しいと思います。
この記事を書いた人
仲田 百香
聖路加看護大学(現 聖路加国際大学)看護学部卒業。看護師、保健師免許取得。手術室、整形外科病棟、救急外来、クリニックなどいろいろな職場を経験。現在も看護師として勤務しつつ、これまでの経験を活かし困っている人のお役に立ちたいとライターとしても活動している。